最近の私が気になっているテーマの一つに、子供向けの学習用途としてのプログラミングやロボットがあります。
小学校でプログラミングが必修化
そもそも、私が興味を持ち始めたきっかけは、新聞の記事等で、最近、子供の習い事の一つとして、プログラミングを習わせる親がいる、というのを見聞きしたのがきっかけでした。
さらに、文部科学省が2020年より小学校でのプログラミング教育を必修化させるということも知りました。
文部科学省のホームページを拝見する限り、オリンピックが開催される2020年には、小学校における新教育課程が実施されるようで、英語やプログラミング教育などが必修化されるようですね。
2020年といえば、うちの子どもも小学校にあがっています。そのころ日本にいたら、まさに新教育課程のもと教育を受けるわけで、もろに影響受けますね。
まぁ、スペインの息子の学校でも、息子の学校は地域の普通の学校だと思いますけど、幼稚園の時点で週3回英語のクラスがあるし、付属の小学校の様子を見ても、タブレットをさわった学習をしたり、小型ロボットを動かしたり、レゴのロボティクスみたいなことをしているから、英語やプログラミングに力を入れていくというのは、世界的な現象なんだろうなと思ってみております。
とはいえ、こうした子供のプログラミングをめぐるニュースを聞いた最初の印象は「はぁ?」という感じで、まぁ、世の中も変わったもんだなぁ、としみじみ思っていました。
ですが、ふと自分の子ども時代を振り返ってみると、私が生まれてはじめてプログラミングに興味を持ったのも小学校低学年のときだったことに気づきました。その後は、プログラミングとは無縁の人生を送って今に至りますがね。
というわけで、今回は、昔を振り返って、自分語りの記事を書いてみます。
昔の小学校のパソコンの授業
2020年より小学校でプログラミングを必修化というと、なんかすごいことになるんか、とドキドキします。
が、私が子供の頃、古き良き昭和の時代にも、小学校にパソコンの時間ってありました。
パソコンルームに移動しての授業でしたが、正直、何やったかもさっぱり覚えていません。大きいモニターとキーボードがうっすら印象にある程度です。白黒の画面に、数字がたくさん出てきたような…。
小学生時代の私の認識がこの程度ですので、21世紀の今日この頃、小学校でプログラミングが必修化されたからといって、子供のプログラミング能力が劇的に向上するかは未知数ですね。英語といっしょで、小学校で学ぶことは興味の入り口にはなるかもしれないけど、その後、さらに発展していくかどうかは、本人のやる気と継続次第ということでしょう。
遠い存在のパソコン
もちろん、私が子供のころは、Windowsさえ存在していませんでした。Windows 3.0の登場が1990年。
私が小学校低学年だった1980年代半ばといえば、初代のマッキントッシュ、Macintosh 128Kが発売されたのが1984年でした。日本人のほとんどがその存在自体を知らなかったと思いますが…。
パソコンといえば、MS-DOSのマシンが徐々に普及しつつあった時代です。NEC、富士通、シャープ、東芝、ソニー、三菱、カシオ、といった日本のメーカーも1980年に入ると、比較的廉価なパソコンを製造・販売するようになりました。
ですが、パソコンは、あくまで会社での使用がメインで、当時の家庭にどれだけ普及していたかは微妙。ましてやわが家は田舎の地方都市。家にパソコンのある家庭なんて皆無に等しい状況でした。
パソコンという言葉の他にも、マイコンという表現があって、パソコン・マイコン、言い方が混在していたような時代だったのです。
任天堂のファミリーコンピュータ
そこに、1983年かの有名なゲーム機、任天堂のファミリーコンピュータが発売されたのです。多くの家庭がパソコンよりも先にこの新型のゲーム機をこぞって購入し、小学生の男の子の共通の話題といえば、ファミコンのゲームとなったのでした。
一方、このファミコンと並行して、翌年1984年にファミリーベーシックというキーボードの付いた周辺機器が発売されました。
これは、ファミコンに接続することでBASICというプログラミング言語に基づいたゲームプログラムを自作できるという代物でした。
子どもがゲームを通じてプログラミングを習得するというコンセプトの機器は遥か昔から存在していたわけです。
うちの近所の子で、このファミリーベーシックを買った子がいたんですよね。私は、このキーボードの形状に惹かれまして、その子がすごくうらやましかったのを覚えています。
さっそくファミコンとファミリーベーシックをうちの親におねだりしたのですが、ゲーム機なんてダメ!と親に一蹴されました。
私は女子だったので、女の子同士ではあんまりゲームで遊ぶってことは少なかったから、そこまで主張しなかったというのはあります。でも、周囲の女の子も結構持ってましたけどね、ファミコン。
家庭用のMSXパソコン
ただし、私の父は新しいモノ好きだったため、ゲーム機の新技術には興味を持ったらしく、どういうわけかファミリーコンピュータではなくて別のものを買ってきました。それがMSXというパソコンだったのです。
カシオ(CASIO)のPV-7というモデル。
こちらのページを拝見すると、当時たくさんのMSXパソコンが発売されていたのが分かります。

わが家でMSXパソコンを購入したのは1985年のことでした。
MSXと一緒に、「アイスワールド」っていうゲームソフトを購入しました。
ゲーム専用機でなくて、パソコンならゲーム以外のこともできるから、という理由が、親がファミコンではなくてMSX機を購入した理由でしたが、結局、ゲーム用に利用して終わった気がします(^-^;。
プログラミング言語はBASIC
とはいえ、多少なりともプログラミングに興味を持った私にと、親が本を買ってきてくれました。MSXで使用されているのはBASICという言語だったので、BASICで作るゲームの本です。
今でも家にあります。これです。
アスキー出版局から1984年に発売された「BASICミニ講座 アクションゲーム38」という本です。手元にあるのは1985年版ですけどね。
本を見ながら、カンタンなプログラムをキーボードで打ち込んで、実際に動いたのを見て、おぉーなんて言いながら、自分の作ったプログラムを保存したのを覚えています。
もちろん、当時は、データを保存するCDもUSBメモリーも、フロッピーディスクさえ存在してませんでした。
テレビ番組の歌謡曲を録音するのに使用していた手持ちのカセットデッキを、MSXパソコンに接続して、カセットテープにデータを保存していたのです。
※今や絶滅の危機にある、かつて一世を風靡したカセットテープ(イメージ)
保存する間、スピーカーからピーギョロゴロと宇宙からの交信音みたいなのが鳴っていたのが懐かしいです。
とはいえ、当時小学校3年生だった私にとって、プログラミングを理解するのは至難の業でした。
誰かに教わるわけでもなく、頼りになるのは父が買ってくる雑誌「マイコンBASICマガジン」(電波新聞社)。
雑誌自体はプログラミングを理解できなくてもけっこう面白かった記憶が。
とはいえ、そのうち、10歳の女の子の関心事は、ボール遊びやら駄菓子屋めぐりやらの他へと移り、プログラミングやらパソコンを理解せぬまま、時代は過ぎていったのでした。
カシオのMSXは、その後、わが弟に引き継がれ、その後購入されたソフト「ゲームランド」により、かなり有効活用されていましたとさ。やっぱり男の子はゲーム好きですよね。
今は昔、時代は変わっても…
あれから時がすぎ、高齢出産で世に出てきた息子はもうすぐ4歳。
40年近くも経ち、それはそれは隔世の感があると思いきや、プログラミングとか、今、巷でプログラミング学習だって言われていることも、よくよく見ると、40年前とそんなに変わってないかなーと思ったりしました。
もちろん、今のパソコンの性能の方が、溜息が出るほどずっと高度で、プログラミング自体も、テキスト直打ちじゃなくて、Scratchみたいに、ビジュアル的に分かりやすくできるものがたくさんありますから、子供にもとっつきやすいですけどね。
今はまだ、幼い息子にプログラミングを習わせる気は全くないのですが、私自身の脳トレも含めて、最近ふたたび、自分自身がまずはプログラミングや電子工作といったテーマを学んでいこうと思っています。息子がしかるべき年齢になったときに、少しは助けになれればいいな、と。
自分ができなかったことを子供にやらせたい、親にありがちなことですが、今回は自分も一緒に学んでいきたいな、というスタンスでおります。
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